元日本ハム投手工藤幹夫氏が亡くなったという記事がありました。

工藤投手というと1982年に20勝を挙げて最多勝、ベストナインに輝いた活躍が思い出されますが、

この前年の日本シリーズでの活躍も忘れられません。

1981年、日本ハムはロッテとのプレーオフに勝って日本シリーズ初出場。

この年の工藤投手はプロ初勝利を挙げるも、ようやく1軍に定着したばかりで22試合に登板し2勝9敗と

可もなく不可もなくというような投手でしたが、日本シリーズは大活躍でした。

第一戦、抑えの江夏投手が九回に打ち込た後に登板、その裏代打井上弘選手のタイムリーで

サヨナラ勝ち。工藤投手に勝ちがつきました。

1勝1敗で迎えた第三戦は1点を勝ち越した六回から登板、2回を無失点に抑えて勝ち投手。

このシリーズ、日本ハムの2勝はいずれも工藤投手でした。

絶好調の工藤投手も、第四戦は休養の意味もあってベンチ入りメンバーから外れましたが、

この試合は中継ぎ陣がことごとく打たれ、シリーズの流れが日本ハムから巨人に変わった大きな一戦となりました。

この時の解説者が「短期決戦はいい投手から登板させること。ラッキーボーイをベンチから外してはダメ」

と言っていたことを思い出します。

この日本シリーズでの活躍が翌年の大活躍につながったのだと思いますが、引退後はクラブチームで活動されて

いたと聞きましたが、まだお若いのに残念です。

ご冥福をお祈りいたします。


下の記事は1982年、西武とのプレーオフ第三戦での完投勝利の記事です(読売新聞)。

 img781のコピー
      img782.jpg


スポンサーサイト
岡山9:52発新大阪行 500系「エヴァンゲリオン仕様」新幹線。

ただ、残念ながら私は「エヴァンゲリオン」を見たことがありません。

知っている情報としては、主題歌の「残酷な天使のテーゼ」が、野球の応援によく使われている

ということぐらいかな。

500-EVA (1)

500-EVA (3)

500-EVA (2)